名古屋地方裁判所 昭和57年(ワ)255号 判決 1986年12月26日
昭和五七年(ワ)第二五五号事件原告
昭和六〇年(ワ)第八八九号事件原告
株式会社名古屋エステイト社
右代表者代表取締役
加藤靖
同
伊藤克彦
右訴訟代理人弁護士
二村豈則
昭和五七年(ワ)第二五五号事件被告
大京観光株式会社
右代表者代表取締役
横山修二
右訴訟代理人弁護士
山岸赳夫
同
石川則
右訴訟復代理人弁護士
成田龍一
昭和六〇年(ワ)第八八九号事件被告
藤孝興産株式会社
右代表者代表取締役
伊藤孝彰
昭和六〇年(ワ)第八八九号事件被告
伊藤孝彰
右両名訴訟代理人弁護士
石川則
主文
一 昭和五七年(ワ)第二五五号事件原告の同事件被告に対する請求を棄却する。
二 昭和六〇年(ワ)第八八九号事件被告藤孝興産株式会社は、同事件原告に対し、金八〇〇万円及びこれに対する昭和六〇年四月一一日より支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
三 昭和六〇年(ワ)第八八九号事件原告の同事件被告伊藤孝彰に対する請求、同事件被告藤孝興産株式会社に対するその余の請求を、いずれも棄却する。
四 訴訟費用は、昭和五七年(ワ)第二五五号事件と昭和六〇年(ワ)第八八九号事件を通じ、右両事件原告に生じた費用の四分の一と昭和六〇年(ワ)第八八九号事件被告藤孝興産株式会社に生じた費用の合計額の五分の二を昭和六〇年(ワ)第八八九号事件被告藤孝興産株式会社の負担とし、その余の費用は全て右両事件原告の負担とする。
五 この判決は、第二項にかぎり、仮に執行することができる。
事実
第一 申立
一 昭和五七年(ワ)第二五五号事件原告、昭和六〇年(ワ)第八八九号事件原告(以下、「原告」という。)
1 被告大京観光株式会社は、原告に対し、金二〇七五万二五〇〇円及びこれに対する昭和五七年二月四日より支払済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。
2 被告藤孝興産株式会社、被告伊藤孝彰は、各自、原告に対し、金二〇〇〇万円及びこれに対する昭和六〇年四月一一日より支払済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は、いずれも、被告らの負担とする。
4 仮執行の宣言。
二 昭和五七年(ワ)第二五五号事件被告(以下、「被告大京観光」という。)
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
三 昭和六〇年(ワ)第八八九号事件被告藤孝興産株式会社(以下、「被告藤孝興産」という。)、同事件被告伊藤孝彰(以下、「被告伊藤」という。)
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 主張
一 原告の請求原因
1 当事者
(一) 原告は、不動産の売買及び媒介等を業とする株式会社である。
(二) 被告藤孝興産は、宅地建物取引等を業とする株式会社であり、被告伊藤はその代表取締役である。
(三) 被告大京観光は、宅地建物取引等を業とする株式会社である。
2 被告大京観光は、昭和五六年一二月一四日、訴外名鉄不動産株式会社(以下、「訴外名鉄不動産」という。)との間で、同訴外会社所有の別紙不動産目録記載の各土地(以下、「本件土地」という。)を代金総額六億八九七五万円で買受ける旨の売買契約を締結し、右代金の支払をなして所有権移転登記手続を了した。
3 原告は、被告大京観光のため、次のとおり、同被告が本件土地を取得しうるように、媒介をなした。すなわち、
(一) 昭和五六年二月当時、本件土地は、訴外名鉄不動産と訴外水野建設株式会社(以下、「訴外水野建設」という。)が一部ずつ所有する土地であつたが、原告は、そのころ、右所有者らがこれを売却する意向があることを知り、同月二三日、被告大京観光(名古屋支店。以下同じ。)に対し、本件土地を紹介し、これを買い受ける意思はないかと、買受方を打診した。
なお、原告の右本件土地の紹介に際しては、訴外名鉄不動産が所有者である旨述べているが、その一部の所有者である訴外水野建設が訴外名鉄不動産に所有権を譲渡する話合ができていたためそのように述べたものであり、訴外水野建設が関与している土地であることも、伝えていたものである。
(二) 被告大京観光は、原告からの右情報提供を受けて内部的検討をなしたうえ、同年三月二六日、原告に対し、本件土地についての売買条件、立地条件等の具体的内容を知りたい旨連絡した。そこで原告は、同日、売主である訴外名鉄不動産より委託を受けていた仲介業者である被告藤孝興産の代表者である被告伊藤を被告大京観光の担当者に紹介し、被告伊藤から本件土地につきさらに詳細な説明をさせた。
(三) その結果、被告大京観光は、本件土地のマンション建築用地としての立地条件等をさらに検討していくため、売主側の設計事務所と折衝もはじめ、同年六月一五日には、訴外名鉄不動産との間で、本件土地上に共同住宅を建築し、販売する事業を進めていくための基本合意書を交し、本件土地取得についての具体的な姿勢を明らかにした。
(四) そのため原告は、同月二四日頃、被告藤孝興産との間で、本件土地の売買が成立した暁には、被告藤孝興産は売主側より、原告は買主側より、それぞれ仲介手数料の支払を受けることにする旨了解し合つた。
(五) そして原告は、同月二九日、被告大京観光より前記基本合意書を受けとるとともに、本件取引に関し必要な資料提出方の申出があればこれに応じたい旨伝え、その後、被告大京観光の要請により、同年七月一一日には重要事項説明書ならびにこれに添付の所在地図、公図、隣地所有者明細等を交付し、さらに同年八月三一日には本件土地の評価証明の提出を要請され、訴外名鉄不動産所有地分については被告藤孝興産にその旨伝え、訴外水野建設所有地分については、同訴外人と折衝して評価証明書交付申請の委任状を受け、右評価証明書を取りそろえ、同年一〇月六日に被告大京観光に提出した。
(六) これら原告の媒介があつたので、被告大京観光は、原告に対し、本件土地の売買契約の前である同年一二月一一日、同月一四日には契約が成立する旨伝え、同月一六日、本件土地の売買契約が無事完了した旨伝え、その後契約書の写を送付するとともに、マンション起工式の案内状も交付した。
4 被告大京観光は、原告の右媒介により、前記2の売買契約をなし得たものであり、原告の媒介と右契約の成立との間には因果関係がある。したがつて、原告は、商法五一二条により、被告大京観光に対し、相当額の仲介手数料(報酬)の支払を求めることができるが、右手数料(報酬)額は、宅地建物取引業法四六条に基づく建設大臣告示により、本件土地の取引価額に照し、金二〇七五万二五〇〇円となる。
5 しかし被告大京観光は、右仲介手数料を原告に支払わず、売主である訴外名鉄不動産の依頼を受けた仲介業者である被告藤孝興産及び被告伊藤に対し、本件土地の仲介手数料として金二〇〇〇万円を支払つた。
6 被告藤孝興産の代表取締役である被告伊藤は、原告の権利を侵害するものであることを知りながら、あえて原告を除外して右金員を受領したもので、右行為は不法行為にあたる。したがつて、被告伊藤は民法七〇九条により、被告会社は民法四四条一項、七〇九条により、原告に対し、同金額の損害賠償義務がある。少くとも被告伊藤は、商法二六六条の三、一項の責任がある。
7 少くとも、被告藤孝興産及び被告伊藤は、右行為により、金二〇〇〇万円の不当な利得を得て、原告に同金額の損害を与えているので、原告は右被告ら各自に対し、不当利得に基づき、右金額の支払を求めることができる。
よつて原告は、(イ)被告大京観光に対し、商法五一二条に基づき、仲介手数料(報酬)金二〇七五万二五〇〇円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和五七年二月四日より支払済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を、(ロ)被告藤孝興産、同伊藤の各自に対し、不法行為ないし商法二六六条の三、一項又は不当利得に基づき、損害金(又は利得金)二〇〇〇万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和六〇年四月一一日より支払済に至るまで年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因事実に対する被告らの認否
1 請求原因1の各事実は認める。
2 同2の事実は認める。
3 同3、冒頭の事実は否認する。
同3(一)の事実中、本件土地は昭和五六年二月当時、訴外名鉄不動産と訴外水野建設が一部ずつ所有していたことは認めるが、その余の事実は否認する。
同3(二)の事実中、被告藤孝興産が訴外名鉄不動産より委託を受けた仲介業者であることは認めるが、その余の事実は否認する。
同3(三)の事実は否認する。
同3(四)の事実は不知ないし否認する。
同3(五)の事実中、原告より被告大京観光に対し本件土地についての重要事項説明書が交付されたことは認めるが、その余の事実は否認する。
同3(六)の事実は否認する。
4 同4の事実は否認する。
(一) 被告大京観光と訴外名鉄不動産との本件土地の売買契約は、国土法の許可手続、マンション建築についての行政上の協定、価格の決定等の問題を含め、被告藤孝興産の媒介により、成立するに至つたものである。なお、昭和五六年二月に、原告が被告藤孝興産の代表者被告伊藤を被告大京観光に案内したのは、名古屋市緑区鹿山の土地の売り込みをなすためであり、本件土地とは関係がない。また、原告が被告大京観光に提出した本件土地についての重要事項説明書は、内容が杜撰であつて、これにより仲介をなしたと言えるものではない。
(二) 被告大京観光は、原告との間で、不動産売買の仲介委託契約を締結した事実はない。仲介委託契約がない以上、報酬支払義務が発生することはない。原告が仮に被告大京観光に対し本件土地についての情報提供をしていたとしても、右は仲介委託契約締結の勧誘にすぎず、これによつて仲介報酬を支払うべき義務が生ずることはない。
5 同5の事実は争う。
6 同6の事実は争う。
7 同7の事実は争う。
第三 証拠関係<省略>
理由
一請求原因1、2の各事実については当事者間に争いがない。
二そこで、まず、被告大京観光と訴外名鉄不動産との間の本件土地の売買契約の成立について、原告による媒介の事実の有無について検討する。
1 昭和五六年二月当時、本件土地は訴外名鉄不動産と訴外水野建設が一部ずつ所有していたものであること、被告藤孝興産は、訴外名鉄不動産より、本件土地につき仲介の委託を受けた仲介業者であること、原告より被告大京観光に対し本件土地についての重要事項説明書が交付されたことがあること、以上の各事実については当事者間に争いがない。
2 右争いのない事実と、<証拠>を総合すると、以下の各事実を認めることができる。
(一) 本件土地は、もと、訴外水野建設が所有する土地であつたが、昭和五四年八月頃、訴外名鉄不動産において、これを取得して同地上にマンションを建設して分譲する事業をしたいとして、被告藤孝興産に買入仲介方を依頼し、同年一二月六日には、訴外株式会社ナカイを間に介して、とりあえず、本件土地のうち六〇〇坪を取得した。訴外名鉄不動産は、右土地を取得するについて、訴外水野建設との間で、本件土地にマンションを建築する際には、訴外水野建設を施工業者として発注することを約し、本件土地の他の部分についても順次譲渡を受けることを予定していた。しかし、訴外名鉄不動産は、マンション分譲事業については必ずしも十分な実績がなく、また一般的市況も必ずしもよくなかつたため、計画は進捗せず、業務の提携又は土地の譲渡を考えるようになり、昭和五六年一月頃、本件土地取得の仲介を依頼していた被告藤孝興産に、本件土地の処分先についても、仲介を打診するようになつた。
(二) 原告の代表取締役である伊藤克彦(以下、「原告の伊藤」という。)は、そのころ、被告伊藤から名古屋市緑区鹿山の土地の売却先の斡旋を依頼され、同年二月初旬頃、被告大京観光に右物件を紹介した。その後同月二〇日頃、原告の伊藤は、被告伊藤から、本件土地についての前項のいきさつを聴き、本件土地の買主についての斡旋を依頼された。そこで原告の伊藤は、同月二三日、被告大京観光を訪問し、落合支店長と小田調査課長に面談して本件土地についての前示(一)のいきさつを話し、本件物件の取得方についての情報提供をなした。その際、原告の伊藤は、本件土地は、訴外名鉄不動産と訴外水野建設が約半分づつの所有となつているが、訴外名鉄不動産がマンション建設を訴外水野建設に発注するとの特約を前提に、残余の土地も譲り受けることになつていること、本件土地の取引については、売主は、坪単価四〇万円を希望しているが、国土法の適用があるので、価格の決定は同法の手続により決定されることになること、建築容積率は、おそらく二〇〇パーセントであろうことを説明し、被告大京観光は、右情報を登録カードに記入して保存した。被告大京観光に本件土地の紹介がなされたのは、これがはじめてであつた。
(三) 被告大京観光は、本件土地の場所、面積等の好条件とともに、取引の相手が訴外名鉄不動産であることにも関心を持ち、本件土地の取得に意欲を示し、その後内部的な検討をすすめていたが、同年三月下旬頃、原告に対し、本件土地についてのより詳細な話を聞きたい旨申し出た。そのため原告は、同月二六日、本件土地の売主である訴外名鉄不動産より依頼されている仲介人である被告藤孝興産の被告伊藤を被告大京観光に紹介し、被告伊藤から、本件土地についての説明を尽くさせた。その際、原告が先に紹介していた鹿山の土地についても話題にのぼり、被告大京観光から右土地の取得はできない旨の話があり、その後は専ら本件土地についての説明がなされたが、被告大京観光において、本件土地のマンション建築についての立地条件をさらに見極めたいとの意向が示された。そのため、被告伊藤は、同月末頃、訴外名鉄不動産の依頼によりマンション建築についての基本設計を検討したことのある小林設計を、被告大京観光に同行し、マンション建築の面から、本件土地の条件についての説明がなされた。
(四) 被告大京観光は、本件土地につきこのような説明を受け、さらに本件土地の取得を前向きに検討するようになり、同年四月頃、被告藤孝興産に申し出て、訴外名鉄不動産と直接話し合う場を設定させた。その後は、被告大京観光も、訴外名鉄不動産も、不動産取引については専門の業者であつたため、直接の交渉をすすめたが、訴外名鉄不動産のマンション建築販売についての事業実績をつくりたいとの意向のため、同年六月一五日、本件土地全部の開発について、訴外名鉄不動産と被告大京観光は、被告藤孝興産の立会のもとに、「共同住宅の建設及び販売に関する基本合意書」と題する契約を成立させ、訴外名鉄不動産が提供する本件土地と被告大京観光が建築する建物との出資割合により土地付区分所有建物を区分所有する等価交換方式による本件土地の持分譲渡をなしたうえ、訴外名鉄不動産が取得する区分所有部分を被告大京観光が一括買上げするとの、基本合意をなした。なお、この間、訴外名鉄不動産は、同年四月六日、訴外水野建設より、本件土地のうちさらに四〇〇坪を譲り受けている。
(五) 原告は、右基本合意の成立については全く関与させられていなかつたが、被告藤孝興産より右合意の成立を聞き及び、同月末ごろ、原告の伊藤が被告大京観光を訪れ、小田課長より右事の確認を得、右合意契約書のコピーの交付を受けた。その際原告の伊藤は、小田課長に対し、本件土地の取得についての契約が成立したときは、仲介手数料を被告大京観光からもらいたい旨申し向けたが、被告大京観光の小田調査課長は、右基本合意は交渉の過程のもので、成約ではないから手数料支払の段階ではない旨の返事をなしていた。
(六) そして被告大京観光と訴外名鉄不動産は、右基本合意の後、本格的に本件土地のマンション建築用地としての諸条件の検討をすすめるため、地元である長久手町との間で、同町宅地開発等に関する指導要綱に基づく事業計画についての協議をなすため、その事前交渉を開始した。その時期、被告大京観光の小田調査課長は、同年七月七日、原告に対し、本件土地の登記簿謄本、公図、隣地所有者の明細等の資料を持参するよう要求した。これに対し原告は、本件土地の登記簿謄本のほか、位置図、公図、地籍図や隣地所有者明細を添付した重要事項説明書を作成し、同月一一日、これを被告大京観光に提出した。一方、被告大京観光は、訴外名鉄不動産との折衝を必要とする場合は、被告藤孝興産に連絡をとり、同被告の仲介により話合いをすすめていた。
(七) 訴外名鉄不動産と被告大京観光は、同年八月一三日、長久手町に対し、事業計画承認願を提出し、前示協議を正式に開始し、同町との間で、駐車用地の確保の問題、下水浄化槽設備の問題、公益施設整備費負担金の問題等、懸案の問題について折衝を重ねたが、右折衝については原告に仲介をさせることはなかつた。しかし被告大京観光は、同年八月末頃、原告に対し、本件土地の評価証明書を提出するよう求め、これに対し原告は、本件土地のうち訴外名鉄不動産所有となつている一〇〇〇坪分については、同訴外人より仲介を委任されている被告藤孝興産に被告大京観光からの依頼を伝え、訴外水野建設所有の一〇〇〇坪余については、同訴外人に接触して、評価証明書交付の委任状を用意してもらい、同年九月二五日、右各土地の評価証明書を取り揃え、同年一〇月六日に被告大京観光に提出した。
(八) 訴外名鉄不動産と被告大京観光とは、そのころ、本件土地に関する前示(四)の基本合意書の内容を、基本的に改め、訴外名鉄不動産が本件土地を単純に被告大京観光に売り渡すことにした。この点に関する折衝も、原告には関与させず、被告大京観光は、被告藤孝興産を介し、訴外名鉄不動産と折衝した。右のとおり、訴外名鉄不動産と被告大京観光は、本件土地を売買により取得することになつたことから、国土利用計画法二三条に基づく届出が必要となり、同年一〇月中旬頃、愛知県の指導により、売買価格を坪当り三三万円程にして届出の申請をなすことにし、その旨の合意をなした。この間の折衝も、被告藤孝興産を介してなされ、原告には関与させなかつた。
(九) 訴外名鉄不動産は、被告大京観光との本件土地の売買についてほぼ了解に達したことから、同年一〇月二四日、訴外株式会社ナカイを介し、訴外水野建設から本件土地の残余の一〇〇〇坪余を譲り受けた。また被告大京観光は、同年一一月二一日、長久手町との間の前示(六)、(七)の協議を整え、協定書の締結に至つた。そして、本件土地を譲り受けるにあたつての当初からの条件であつた訴外水野建設にマンション建築工事を施工させるための工事請負契約の交渉をすすめ、その頃、基本的な合意に達し、同年一二月二日、訴外名鉄不動産と被告大京観光は、前示国土利用計画法に基づく届出の受理もなされ、同年一二月一四日に本件土地の売買契約を正式に締結することとした。そして被告大京観光は、そのころ、被告藤孝興産から、本件土地につき、あらためて重要事項説明書を提出させた。
(一〇) この間、右交渉に関与させられていなかつた原告は、同年一一月末頃、被告大京観光の右契約締結の予定を聞き及び、同年一二月一一日、被告大京観光を訪れ、小田調査課長と面談し、右契約締結の予定を確認するとともに、右契約締結には物件紹介をなした立場で立会したい旨、及び仲介手数料の支払を受けたい旨申し入れた。これに対し、小田課長は、契約締結時の立会は、報酬支払とは関係がないので立会うにおよばない旨、又、仲介手数料は被告藤孝興産の関与があるので、同被告と話合つて欲しい旨回答した。原告は、右回答には納得できず、同日、文書で、被告大京観光、被告藤孝興産に対し、同旨の申し入れをなした。
(一一) しかし、被告大京観光と訴外名鉄不動産は、同年一二月一四日、被告藤孝興産の立会のみで、原告には立会をさせず、本件土地の売買契約を成立させた。
3 以上の各事実が認められる。<証拠>中、右認定に反する部分はたやすく措信できない。他に、右認定を左右すべき証拠はない。
4 前記2の認定事実によれば、被告大京観光は、本件土地を買い受けるについて、原告より、本件土地についての情報提供を受け、売主である訴外名鉄不動産から委託を受けていた不動産仲介業者である被告藤孝興産の紹介を受け、同人より直接本件物件についての説明を受け、さらに本件土地についての付属資料を伴う重要事項説明書の交付を受け、また本件土地の評価証明書を提出させているものであつて、原告の媒介により本件土地を取得し得た事実は明らかである。
たしかに、右認定事実によれば、(イ)被告大京観光が原告より本件土地についての情報提供を受けたときは、売主である訴外名鉄不動産は本件土地の一部を所有するにすぎなかつたこと、(ロ)訴外名鉄不動産と被告大京観光との間では、原告による紹介をうけた後、当初は等価交換方式によるマンションの建築、分譲の事業をなすことが合意され、売買取引の交渉ではなかつたこと、(ハ)被告大京観光が本件土地を取得するためには、本件土地でマンション建築ができる条件を整えるべく、長久手町との協定を締結すること、国土利用計画法により取引価格が適正なものと認められるよう、売買代金の調整を行い、その旨の届出手続をなすこと、訴外水野建設とのマンション建築工事発注のために交渉を重ねること、等の課題があつたが、原告は、これらの課題を解決するための交渉の仲介はなしていないこと、(ニ)その間、被告大京観光は、売主である訴外名鉄不動産との折衝を要する事項については、被告藤孝興産を介し、交渉をなしたものであること、(ホ)そのため、本件契約の締結にあたつても、被告藤孝興産のみを立会わせていること、以上の事実も明らかである。
しかしながら、(イ)の事実は、訴外水野建設は訴外名鉄不動産に対し順次本件土地を譲渡することを約していたもので、原告は、その事情を被告藤孝興産より聞き及び、その旨を被告大京観光にも伝えていたものであつて、原告が被告大京観光に本件土地の媒介をなしたとすることをさまたげる事情には該らず、(ロ)の事実も、基本合意書における等価交換方式によるマンション建築の共同事業と言つても、訴外名鉄不動産が取得する土地持分付建物区分所有権を被告大京観光が一括買上げをなして分譲にあたるというのであるから、結局、被告大京観光が本件土地の譲渡を受けることには変りはなく、不動産取引における契約の媒介において、売買の場合と実質的には大きな違いはないことが窺われ、訴外名鉄不動産と被告大京観光との間の本件土地取引の交渉が途中から売買の交渉に変化していつたことも、原告の媒介をただちに否定すべき事情にはあたらない。さらに、(ハ)の事実は、被告大京観光においては、マンション建築用地として本件土地の取得を希望していたのであるから、これらの課題を解決してはじめて本件土地を買受けることができるのであるから、これを解決すべく必要な調整活動をなしつつ、諸手続にも助力することが媒介の重要な一内容をなすと言うべきであるが、被告大京観光がマンション建築についての専門の不動産業者であり、必要とされる知識や調査等の人員スタッフを自ら持ち、また、売主側にはその委任を受けた仲介業者である被告藤孝興産がついていたため、これと直接連絡を取り合うことができたもので、その結果おのずと、原告にはこの点に関し実質的な媒介を依頼することが必要とせず、前示のとおり、物件説明書等の資料の交付、評価証明書の交付を求めるに止つたものであり、これらの事情は、原告の媒介の程度ないし寄与度として考慮すべきものであるものの、原告が被告大京観光に本件土地の情報提供をなし、かつ、売主側の仲介者である被告藤孝興産を紹介したという、本件取引における基本的な媒介の事実を無視してもよいとすることはできない。また、(ホ)の事実は、前示認定事実のとおり、被告大京観光も、媒介の役割とは直接関係はないことを認めていたものであり、原告の媒介の事実を直接に左右するものではない。
そうであれば、原告の媒介の事実は明らかである。
三前示認定のとおり、被告大京観光は、原告の媒介により本件土地の売買契約を締結したものであり、右媒介と契約の成立との間には因果関係がある。しかしながら、訴外名鉄不動産と被告大京観光の右契約の成立については、原告の紹介により売主側の仲介業者である被告藤孝興産と買主である被告大京観光とが引き会わされ、直接の話合が可能となつた時期以降は、売主側と買主側との交渉が直接に、あるいは被告藤孝興産を介して、殆んどすすめられ、原告による資料の提供の事実を除いては、原告の仲介行為を要することなかつたことも明らかであり、結局、右契約の成立にあたつての媒介は、原告による買主である被告大京観光の探索と、これに対する情報提供、売主側仲介業者の紹介という、交渉開始のための基本的な媒介と、被告藤孝興産による売主側と買主側との意向の調整、取引形態の調整及びマンション建築のための諸課題の解決のための助力等、交渉開始後の実質的な媒介の、右両名の共同の媒介により成立したものということができる。
被告大京観光は、被告藤孝興産、原告のいずれとも仲介委託契約を締結したものではないものの、右両名の被告大京観光のためになされた仲介行為を自己の利便のため利用し、右契約の成立を得たものであり、かつ、右両者の仲介行為が、宅地建物取引業者である両名の営業としてなされたものであつて、被告大京観光もこれを認識していたのであるから、右両名は、商法五一二条に基づき、被告大京観光に対し、相当の報酬を請求することができるものと言わなければならない(東京高判昭五六・八・三一、判例時報一〇一八号一一七頁)。
そして、原告と被告藤孝興産の被告大京観光に対する仲介報酬請求権は、その取引の成立によつて支払を受くべき報酬額を連帯して請求しうる連帯債権というべきであり、被告大京観光は、いずれか一方に相当の報酬額を支払えば債務を免がれることができ、その後は連帯債権者である原告と被告藤孝興産の内部関係として処理されるべきである。
四ところで、<証拠>によれば、被告藤孝興産は、契約成立の日である昭和五六年一二月一四日、仲介委託を受けていた売主である訴外名鉄不動産より仲介手数料として二六〇〇万円の支払を受け、また買主である被告大京観光からも二〇〇〇万円の仲介手数料を受け取つていることが認められる。
被告藤孝興産が訴外名鉄不動産から二六〇〇万円の仲介手数料を受領していることは、右支払が右両名間の仲介委託契約に基づくものであり、また原告は、被告大京観光のために仲介の行為をなしたものの、訴外名鉄不動産に対してはその反射的利益を享受させたにすぎないから、原告が訴外名鉄不動産に仲介報酬請求権を取得することはないのであり、そのことが被告藤孝興産と原告の被告大京観光に対する仲介報酬請求権の成立、報酬額の算定、ないしその内部的分配を検討する際に、影響を及すものではない。
したがつて、被告大京観光の被告藤孝興産に対する仲介手数料二〇〇〇万円の支払は、被告藤孝興産と原告の前示三の連帯債権に対する弁済にあたるものである。そして、原告は、本件取引についての仲介手数料の相当額は、宅地建物取引業法四六条に基づく建設大臣告示により、金二〇七五万二五〇〇円が相当であると主張するが、前示認定事実に照し、被告大京観光自身の専門的知識と調査活動も本件取引を成立させた有力な要素であることも明らかであり、右両名の仲介報酬の相当額は、金二〇〇〇万円を超えることはない。したがつて、被告大京観光は連帯債権者の一人である被告藤孝興産に対する右弁済により、原告に対する債務も既に免責されているものである。
よつて、原告の被告大京観光に対する仲介報酬の請求は、理由がないことに帰する。
五また、前示三のとおり、被告藤孝興産は、連帯債権者の一人として、被告大京観光より本件取引成立についての仲介報酬請求権があり、これを受領する権限があつたのであるから、被告藤孝興産がその代表取締役である被告伊藤を介し右金二〇〇〇万円を受領したことは、適法な行為であり、何ら違法性はないのであるから、これが不法行為に該ることはなく、また被告伊藤の故意ないし重過失による損害賠償責任が問われることもあり得ない。
六しかしながら、被告藤孝興産が被告大京観光から受領した仲介報酬金二〇〇〇万円は、原告との連帯債権の弁済として受領したのであるから、その内部関係に基づく分配がなされなければならない。そして、被告藤孝興産と原告との間には、被告大京観光に対する共同の仲介をなすにあたり、内部的契約関係は存在しなかつたのであるから、公平の原則に立ちかえり、それぞれの仲介の寄与度に従つて右報酬が分配されるべきものと言うべきであり、被告藤孝興産においてこれを全額保有することは、原告が分配を受けるべき金額について、法律上原因なく、原告の損害において同被告が利得しているものであつて、原告は、被告藤孝興産に対し、不当利得に基づき、原告の寄与度に応じた分配金の支払を求めることができる。
そして、前示認定事実によれば、原告と被告藤孝興産の本件取引成立に至る寄与度は、本件の諸般の事情を考慮すると、原告において四割、被告藤孝興産において六割とみるのが相当であり、そうすると、原告の本件仲介報酬の分配金は金八〇〇万円が相当額となる。したがつて、被告藤孝興産は、これを法律上原因なく利得していることになるので、原告に対し、右金額を返還しなければならない。
七以上のとおりであるから、被告藤孝興産は、原告に対し、不当利得金八〇〇万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和六〇年四月一一日より支払済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。
したがつて、原告の本訴各請求は、被告藤孝興産に対する右の限度における請求を理由があるので認容するが、被告大京観光、被告伊藤に対する各請求、及び被告藤孝興産に対するその余の請求は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言について同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官大内捷司)